13は穴の香り。

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zoom RSS ウオッカ・ヒサトモ・クリフジ

<<   作成日時 : 2007/11/27 19:16   >>

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名牝ウオッカはヒサトモかクリフジか??

ジャパンカップの結果を受けて少し瞑想した。。

ヒサトモとクリフジ。。。どちらも歴史に残る 牝馬のダービー馬、、
どちらも強い牝馬だったようだが ダービー後の人生というか馬生は 明と暗。。

ヒサトモ・・・1934年−1949年
日本競馬史上初の牝馬のダービー馬。
但し、秋に復帰後緒戦は、4着、5着、5着、2着、、、と勝ちきれないレースを続ける。

そして、明け4歳のオープン戦でやっと1着、次戦は現在の天皇賞春にあたるレースで3着にがんばった、本格化を見せたヒサトモはその後 破竹の6連勝などを経て、、年末に引退して繁殖に上がった。。。そして、ここからは有名な話だが戦時下に有った日本ならではの珍事が起こる。

なんと、1949年 当時15歳の繁殖牝馬 ヒサトモが再度地方競馬に引っ張り出される、、
一旦繁殖した牝馬が再度地方競馬で走るという過酷な事態にも めげずに5戦を走り抜いたのだが、、、
16歳の11月19日 雪の振る競馬場で調教を終えたヒサトモの足元がふらつき、その瞬間 「ヒン・・」と鳴いたきり ・・・倒れてしまい二度と動かなかった。。。

クリフジ 1940年−1964年
生涯成績11戦11勝の無敵の牝馬ダービー馬。
開催時期が今とは違うが、日本ダービー、菊花賞、オークスの"三冠"を制した名牝。
ただ戦時中だった為に戦況悪化により馬券の発売が禁止され競馬が能力検定競走として行われたのだが、その後も一敗もせずに引退した。繁殖入りしてからは桜花賞、オークスの二冠に輝いたヤマイチを送り出して顕彰馬にもなった。

このあまりにも対極的な2頭の 「牝馬ダービー馬」の末路。。

そして、なんとなくウオッカにヒサトモが被って見えたのだが、、、いや違うと振り払う。。

この3頭のダービー牝馬、何れ劣らぬ個性の持ち主、、皆懸命にターフを駆けた。

似ているのは”強さ” ”速さ” ”華麗” ということ、

ローテーションがどうとか、騎手が××だとか、言っても彼女は自分の運命に逆らわずにベストを尽くすのみなのだ、、人間が造る結果に左右されてはいけない。。。

目標は未だ 欧州最高峰の「凱旋門賞 制覇」
あの時 エルコンドルパサーを応援する気持ちに馬券が必要なかったように、、
自分の中で何かが弾ける、ギャンブルがスポーツに近づく貴重な瞬間を逃すな!

ウオッカはどんな困難があろうとも きっと乗り越えるはず、、


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
ヒサトモ、クリフジ、ウオッカ。
3頭いずれ劣らぬ強い馬です。

わたしはヒシアマゾンも高く評価してますが、
同期のダービー馬が3冠馬だっただけに、
「ダービーに出られていれば勝てた」と
言い切れないのが少し残念です・・
jin
URL
2007/11/28 12:50
jinさん ドモー
確かにヒシアマゾンは強かった。
あの美しい馬体は感動的でしたね、、
最初から追い込み得意な騎手が乗っていれば何勝したのでしょうか??
ヒシ冠名の馬が大活躍していた、あの頃が懐かしい。。
走るスンビラン
2007/11/29 00:00

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ウオッカ・ヒサトモ・クリフジ 13は穴の香り。 /BIGLOBEウェブリブログ
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